by 後藤 修身


 子供の頃、誕生日は最も楽しい日であった。ケーキの上にゆらめくろうそくの明かり。一気に火を消せるかどうかどきどきしなが待っていた。当時めったに食べられなかったケーキを口にすることができるという嬉しさもあったが、今思うと、家族との一体感というもっと大切なものがそこにあったことに気づく。しかし、いつの頃からか誕生日自体祝うこともなくなり、幸せなろうそくも遠い記憶となってしまった。

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ヤンゴンの中心部。中央のパゴダは街の中心を示すスーレー・パゴダ。

  十月であった。私は七年ぶりにミャンマーの首都ヤンゴンにいた。安宿に泊まっていた私は、そこのマネージャー氏と毎晩遅くまで語り合っていた。ある日、彼が楽しそうに言った。
 「明日の夜は国中にろうそくの光があふれるんだ」
 ミャンマー暦では七月は「ワーゾーラ」といい、この月の満月の日から十月の「タディンジュラ」の満月の日までを「雨安居の三ヶ月」と呼ぶ。敬虔な仏教徒の多いミャンマーでは、この雨季の間の三ヶ月は神聖な期間とされ、僧侶は僧院にとどまり、在家の人々も持戒につとめ布施を積極的に行う。そして十月の満月の日、雨安居はあける。これを祝う火祭りがミャンマー全土のパゴダ(仏塔)で行われる。

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10月の空は青い。雨季が終わり、澄んだ空気が本物の青空を見せる。

 翌日、雲ひとつない天気だった。雨季の雨が全てを洗い流したのか、空はあくまでも澄んでいた。夕方、世界第二の高さを誇るシュエダゴン・パゴダに向かった。このパゴダの歴史は古く、二千五百年という言い伝えがある。参道の入り口でサンダルを脱ぎ、素足になった。屋根のついた参道の石段が冷たくて気持ちがよい。両側には土産物を売る小さな店が続いている。漆塗り、ふくろうの置物、髪飾り、仏像、線香、花、様々なものが売られている。その中をロンジー(ミャンマー風腰巻き)をまとった人たちがゆっくりと歩いている。頂上まで上りつめると、参道が終わり目の前が開けた。
 巨大な仏塔が四方からライトで照らされ、まばゆく輝いていた。圧倒的な存在感だ。それを取り囲むように、無数のろうそくの光が揺れている。パゴダを巡る回廊には家族連れ、恋人同士、老人、子供、僧侶、多くの人たちが集っていた。ろうそくに灯をともす人、仏像に花を捧げ経を唱えている人、その前で瞑想を続けている人、それぞれの時を過ごしている。

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今日は火祭りの日。シュエダゴン・パゴダもロウソクの灯で囲まれる。

 「日本人でありますか」
突然後ろから聞こえてきた日本語に驚き、振り返った。六十を過ぎていると思われる痩せた男が立っていた。柔和な視線をまっすぐこちらに向けている彼は、スタンドカラーの白いシャツに格子模様の青いロンジーをゆったりとまとっていた。
 「今日は火祭りであります。私は家族と来ました。一緒にどうぞ」
風通しのいい広い部屋の中には、十メートル以上はあるかと思われる涅槃仏が置かれ、たくさんの人たちが談笑したり食事をとっていた。その一角で楽しそうに話しをしていた彼の家族が、にこやかに迎えてくれた。十歳ほどの孫娘がはにかみながら、皿に山盛りになった「チャーザンジョー」を私に差し出した。この、見かけも味も焼きビーフンにそっくりなチャーザンジョーは、祭りの日には全ての人に無料で振る舞われるという。
 「山崎中尉はたいへん親切でした」
 戦時中、日本語学校で日本語を学んだという彼は、言葉を確かめながらゆっくりと語った。日本軍は戦時中ミャンマーを三年間支配していたのに、非常に親日的なこの国の人たちを不思議に思い、戦争時代のことを彼に訊ねたのである。
 「日本兵は皆親切だったのですか」
 「悪い兵隊もいました。憲兵隊は大変怖かったです。スパイだと疑われて殺された人もいます」
 「ミャンマーの人たちは恨んでいないのですか」
 「私たちは仏教徒です。仏教では、憎しみは悪い心です。憎しみは憎しみを生むだけです」
それは新鮮な驚きを私に与えた。日本はアジアを侵略しアジアの人たちから恨まれていると教えられてきた。しかし、この国の人たちは親切にしてくれた日本兵の名前を懐かしそうに思い出したり、憎しみからは憎しみしか生まないと語る。かたわらに座っている孫娘が、何を話しているのかと不思議そうな顔をして私たちを見つめていた。

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はにかみを含んだ笑顔を見せるミャンマーの少女。頬に塗っているのは、『タナカ』と呼ばれる化粧の一種。これをきれいに塗るのは女性の身だしなみ。

 仏塔の方を見ると、無数の光に囲まれていた。多くの人たちがなおもその光を増やそうと、ろうそくに火をつけていた。私もその仲間に加わりたくなった。ゆっくりと火をつけていく人たち。ろうそくを持ってなかった私に気づき、隣の女性がそっと何本か分けてくれた。みんなと同じように静かに火を灯す。火も人もゆらゆらとゆれていた。けっして信心深いとはいえない私だが、ここにいる人たちと一体になれたような気がし、幼い頃の満たされた気分がよみがえってきた。「憎しみは憎しみしか生まない」という言葉を実感できる時がそこにはあった。

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人々はそれぞれの思いでロウソクに火を灯す。なぜか懐かしさを感じる光景だった。

by 後藤 修身

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